人格形成

日本における大学の地位というのは、昨今になると確信の持てるものでなくなったような気がする。
大学が研究費用を不正申請していたり、大学のキャンパス内でのキャンパスライフが一昔前に比べ、大衆化しているような傾向がある。
進学率にしても、大学へ進む学生はおおくいる。
それにも増して、新しく認可をうける私公立の大学は増えているので、大学在籍に関わる評価が低迷している状況である。
ゆとり教育時代と呼ばれた、小中学校の生徒が今まさに、大学在籍の年令世代ではある。
大学のコマ講義を授業風景として、見学できれば、学習力のちがうことが判るのである。
まさに教育とは、積重なる学習力であり、何がちがうという一言でなく、すべてが同じではないという結論に落ち着くのである。

まさに内容を探求するべき、大学の学内講義で世代分かれがおきている。
明らかにみる学力の低迷に大学教授の、授業にたいする講義の姿勢を、学生に合わせることに驚きを感じる。
こうした背景の結果か、最近では日本でも社会人リターン学生という人が、増えているのだろう。
社会に出て5年程度で、在職を辞めて、学部替えや、大学院への在籍へ振り戻るタイプの学生である。
また40代前後で、再び進学としての学士取得を希望するアラフォー世代も多いのだ。
この差を感じると、ゆとり世代とアラフォー世代の授業というのは、信じ難く授業にメリットを含ませてくれていることになる。
社会人の一般聴講をしている大学は、増えているわけだが、学生の評判をきくと隔世代のいる授業の方が、確実な学問の実りがあるそうだ。